黒字化のすすめ

他人と自分を比べたことがある人はドMである

誰かと自分を勝手にくらべて、勝手に落ち込んだ経験はないだろうか。

そもそもなんで人とくらべてしまうんだろう。

そんな疑問を深堀りしてみた。

まずいえるのは、ストイックな人と自分を比べて、「ああ、なんて自分はダメなんだ」ってならなくていい。

ストイックな人をドMと呼ぶ人がいるけど、そのストイックな人と自分を比べるのもドMじゃねーか。

一日5分、やりたいことに取り組めたら成功者。

このくらいのマインドセットでなにが悪い。

「1億円稼ぐぞー!」とかわけわかんない目標を設定するよりよっぽどマシ。

こういう人はだいたい1億円と5,000万円の違いがわかってないし、なんのためにそのお金が必要なのかもわかってない。

なによりもそこに行き着くまでに払うコストの大きさを考えたこともないと思う。

文章をかくのも、運動するのも、一日5分やれば成功ってことでいいじゃん。

5分だけやれば大成功って考え方のもとで始めたことは、ハードルがめちゃくちゃ下がってやりやすい。

ハードルを上げまくって無理して飛ぶより、できるだけ下げてラクに飛んだ方がいい。

むかしはハードルを上げてくぐればいいとかいってたけど、そんな奇をてらう必要はない。

というか、ハードルだって高さの限界があるだろうからくぐるのも大変。たぶん。

なんでも一度で終わらせようとするから、めんどくさくなってやめてしまう。

終わらせることより、続けること。

でも、ぼちぼち続けてたらこんなことを考えるフェーズが来る。

「あれ、なにやってるんだろ。」

「自分の上位互換なんか五万といるじゃん。」

でも、他人と自分を比べても意味がない。

誰でも一度は聞いたことのあるセリフだと思う。

そんな正論は本人が100年以上前からとっくにわかってる。

そんなこといわれても、比べちゃうんだから仕方ないだろ。

そもそも、比べるのが絶対的に悪いことでもないんだし。

比べられるだけのスキルがあると考えることもできる。

羽生結弦と自分をくらべて、「なんで自分は氷の上で4回転できないんだろ。」

とは思わない。

誰かとくらべて落ち込めるってことは、それだけの可能性を自分に見いだしてるってことでもある。

可能性がないのに落ち込んだりしない。

一方でこんなことを言ってくるやからもいる。

明日どうやって生きていくか必死な人もいる。

食べ物が十分に食べられない人もいる。

そんな人たちと比べたら、あなたは十分幸せじゃないか。

うるせーわボケ。

そんなどこの誰かもわからない遠い存在と自分を比べられるか。

そう書いて思ったけど、SNSですごい人を見て、なんで自分はこんななんだって思ったことはある。

インフルエンサーだって有名人とはいえ、いってしまえばどこの誰かもわからない人だ。

なんで貧しい人と自分をくらべて楽観的になれないのに、すごい人と自分をくらべて落ち込んでしまうのだろう?

そもそも、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」的な発想自体がふつうに好きじゃない。

なんなんだこの 「チカラ is power」 みたいな暴力的な発想は。

すごい人と自分をくらべられる人は、向上心がある。

そういうことにしとこう。

逆に向上心があることを否定することはできない。

なぜなら、その人は自分の生活や環境がよりよくならないか考えてるからこそ、他人と自分を比べてるわけだから。

平たく言うと、人生をよりよくしたいと思ってる。

むしろ向上心しかない。

他人と自分をくらべたことがある人は、向上心があるドMである。

ドMとは、自分に対してドSなのである。

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